【インタビュー】毎朝10分で適切価格を「レベニューアシスタント」で意思決定、リクルート宮田道生ユニット長
日本の宿・ホテル予約サイトである「じゃらん」を運営するリクルート。体験や宿泊価格のダイナミックプライシング化が進む中、同社は適切な製品やサービスを、適切な顧客に対して、適切な価格・タイミングで販売する〝レベニューマネジメント〟で宿泊事業の収益拡大を支援するサービス「レベニューアシスタント」を提供している。同社旅行プロダクトマネジメントユニットの宮田道生ユニット長にダイナミックプライシングへの対応や適切なレベニューマネジメントの在り方、サービスに関する事業展開などを尋ねた。
――レベニューアシスタントができたきっかけは。
2015、2016年ごろから開発を始め、初期版をリリースしたのが2018年春になる。当初は試験的に始めたが、製品化したのは2021年5月になる。
2016年ごろは、インバウンドが急増しはじめ、宿泊施設の仕事が多岐に増えた時期だった。具体的には、国内外OTAの利用が増えてその対応作業が増えるほか、外国人に向けた多言語や文化の違いに対する対応が必要となった。さまざまな事象の発生が、従業員の負荷につながったことは言うまでもない。
2015年ぐらいからは、労働人口の減少が言われはじめたが、宿泊や飲食業界はすぐに人手不足が常態化した。あまり表には情報として出なかったが、清掃員の採用が難しく、単価は右肩上がりだった。当時の宿泊業界は、売価を上げることに苦労しており、人手への単価もすぐには上げられずにいた。
われわれは、知見を生かした業務支援の形で人材不足や労働時間の軽減をし、空いた時間をおもてなしやサービスに使って生産性を高めてほしいという思いから、新たなサービスとして「レべニューアシスタント」の提供を始めた。
――サービスの特徴について。
われわれは、じゃらんというメディアを保有していることから、そのデータを活用しながら需要予測をしている。例えば、来週の土日はすごく人は来るが、一方で1カ月後の平日には予約が入っていないといったような、今までは経験則で行われていた需要予測を、できる限りデジタルに置き換えて見られるようにした。
今までは、データを得るためにホテル管理システム(PMS)といったさまざまなシステムからデータを取得した後にエクセルで加工・修正をするなど、リアルタイムな経営状況を確認するのに多くの時間が必要だった。それらを可視化したのがダッシュボード機能だ。
これまで、365日間のデータが見られなかったところでも、ダッシュボード機能を使うことで一元的に365日先までの予約の現状など、毎朝最新の経営状態を確認できる。加えて、サイトコントローラーを触りながら、個々の日付やプランを変更する作業も必要だったが、「レベニューアシスタント」はボタンを押すだけで全部のOTAの変更ができる機能を持つ。
これまで需要予測から価格の反映までに多くの時間を使っていたことを、短時間でできるようにした。
――サポートについて聞きたい。
独自にレベニューマネジメントをしたことがあるという宿泊施設と、レベニューマネジメントをしたことがないという宿泊施設に分かれるが、したことがあるという宿泊施設でも、データを集計・分析できていなかったり、分析したものが正しいのか不安に思われている施設もある。そのため、「レベニューアシスタント」上で客観的なデータを見ていただけるが、使い始めの操作方法やグラフの見方といったフォローや、その後も定期的にお困りごとを伺い対応させていただいている。
レベニューマネジメントをしたことがない宿泊施設に関しては、システムの使用方法に関する対応のみならず、そもそもレベニューマネジメントは何かを、勉強会やセミナーなどを通じて伝えさせていただいている。
――利用数について。
「レベニューアシスタント」を通じて販売価格が反映された回数は、2019年4月から通算で約41万回になる。導入施設数は公表していないが、大手チェーンホテルでも導入いただくなど利用数は順調に推移している。
――料金プランについて。
施設の規模に合わせたシンプルな料金体系を用意している。年間契約の場合だが、客室が200室以下が月額4万円、201~400室が同6万円、401室以上が同8万円となっている。このほか、利用のシステムにより、サイトコントローラー、PMS側に対して接続料金が発生することがある。
――ダイナミックプライシングへの対応は。
データ量が多ければ多いほど予測の成果は上がる。じゃらんは20年以上続いているサービスであり、全国津々浦々からのさまざまなデータが日々蓄積されている。われわれは、その蓄積されたデータを使って予測をしている。
――好事例について聞きたい。
レベニューマネジメントをしていたという宿泊施設に聞くと、データ抽出からエクセルへの加工・修正の作業に3、4時間をかけていたという声は多い。また、前日に締めた時間とデータを入力する時間とのタイムラグが発生する。3、4時間をかけて1日ずれぐらいのデータを見ることになる。
「レベニューアシスタント」を入れることで、朝起きたら昨日までのデータがまとまっているので、いつでもパッと確認し、どこを改善するかは朝のミーティング中に10~15分程度で意思決定ができる状態までもっていける。サービスを活用しながら、単価を上げて売り上げを伸ばしたり、適正価格に落として売り上げを確保したという事例は多々聞いている。
私もそうだが、エクセルと毎日3、4時間向き合うのは、精神的にも良くない。従業員にストレスをかけず、この3、4時間で別の業務も終え、さらに生まれた時間をおもてなしに使えたという話も聞く。採用にも効果的だ。エクセルが得意でなくとも、「レベニューアシスタント」は少し学べば使えるようになるので、採用の難易度は下がる。これは、2、3件の事例ではなく、多数の事例があるものだ。われわれが想定していた通りの成果が出始めている。
――レベニューアシスタントは、まずどこから触ったら良いか。
まず初めにカレンダーを見てほしい。観光業の方はカレンダーで予約を確認することに慣れているため、カレンダー表示を採用した。予約に動きがあったところは赤く塗られており、例えば来月ぐらいまでは動いているが、再来月の動きは鈍いなど、今の時点で何が起きているかが1、2分で把握できる仕様だ。カレンダーを見た時点でいつ、どのような需要予測に変化があったかもすぐに確認でき、実際の数字をもとに今月の売上予測等がすぐに把握できる。経営に近い方であれば、常に新鮮な情報を得られるものとして有効だ。
――他に併せて使ってほしいサービスなどあるか。
周辺で開催されるイベント情報等をもとに、価格設定の要因や需要を自分なりに解釈するほか、仮説検証のプロセス上でも他のサービスを活用した情報・データの収集は効果的だ。
例えば、突然に予約が増える場合としては、大型イベントやコンサートが決まった場合がとても多いので、イベント情報をチェックしておくことで予想がつきやすくなる。
また、クチコミも情報収集をする上で効果的で、どんな付加価値をつけることが、今のニーズに応えることになるのか参考になるので、活用いただきたい。
――中長期において、サービスはどう変わっていくか。
ニーズに合わせて進化していく。一般に言われるSaaSのプロダクトと同様で、小さな仮説検証をしながら、需要に合わせて使える機能を加えていく。現在は、レベニューマネジメントに関わる需要予測や分析の支援をさせて頂いているが、在庫コントロールと連携して自動化させることでもっと使いやすくなるはずだ。
需要予測の精度が上がれば上がるほど、繁忙期での支援がより可能になる。例えば、需要予測から繁忙期の人手不足が事前に把握できれば、短期的なバイトの募集を検討するなど採用や雇用への対応も可能になる。リクルートの人材サービスを活用することで、需要予測や分析のみならず人材面まで一気通貫でのサポートも可能になる。
また、観光エリアでの活用展開も視野に入れている。現在は、約5自治体と実証実験を行っているが、宿の需要予測はエリアの需要予測にもつながるものと考えている。「レベニューアシスタント」をきっかけに、飲食店や土産屋の需要予測も可能にする。例えば、レストラン側にクーポンを発券することで、地域内での回遊や消費が増える。在庫管理の観点でも、繁閑が分かることでフードロスにつながる。取り組みが進むことで、サステナブルな観光地域づくりを実現できる。
これらを時代に合わせて優先度を付けながら、随時商品化していく。
――レベニューアシスタントは何%ぐらい完成しているのか。
あえて厳しく言うが、25%くらいだ。現在は、そもそもレベニューマネジメントの必要性を感じられていない人がいることも事実だ。旅館では、昔からの付き合いのお客様がいるから価格を上げてはいけないという話がある。業界全体を見渡しても、需要と供給に合わせて容易に価格を変更すること自体が良くないという風潮があるように感じる。
私は、サービスが広がれば広がるほど、日本のポテンシャルが持つ適正な価格になるものだと確信している。繁忙期には価格を上げたらいいし、一方で閑散期には価格は下げるべきだ。適正価格を設定できることで、経営状況が安定すれば従業員に還元したり、施設に再投資もできる。その必要性を感じてほしいし、適正価格の必要性や関心があった方は、ぜひ使っていただきたい。
――インバウンドが急増しているが、価格対応はどうすべきか。
適正な価値に価格付けが必要だ。海外のホテルを見渡すと、例えばニューヨークなど海外の大都市ではホテルの価格が高騰している。だが、日本の旅館・ホテルのホスピタリティはそれ以上に世界に誇れるものではないか。しっかりとしたサービスを提供できているのであれば、自信をもって適正価格を設定することが望ましい。
例えば、インバウンドとそれ以外の宿泊客ではニーズが異なることも多い。このように、それぞれのニーズに合ったサービスやプランを作り、それぞれにその価値に見合った価格を設定するのが良いのではないか。
――最後に。
われわれは単価の適正化を実現したい。サービスを通して経営者の利益を増やしたいというよりは、サービスの導入から生まれた原資を、労働環境や労働人口を増やすアプローチに使ってほしい。宿泊業の採用が難しいと言われる原因の一つに、給与の低さや休みの取りにくさが挙げられる。ハードへの投資は容易に判断できるものではないが、レベニューマネジメントへの投資、再投資はすぐにできるはずだ。国内外からの観光需要が本格化しはじめ、文化の継承などサステナブルな社会が求められている今こそ、価格について考えてもらいたい。
宮田道生(みやた・みちなり)㈱リクルート プロダクト統括本部 旅行プロダクトマネジメントユニット ユニット長。戦略系コンサルティングファームA.T.カーニーに新卒入社。2011年にリクルート入社。CAP(カスタマーアクションプラットフォーム)推進室 事業推進グループに配属され、スマートデバイスのKPI設計、CRMプロジェクトなどを半年経験。「イベントアテンド」プロデューサーを経て、旅行領域で「じゃらん海外」「じゃらんゴルフ」のプロデューサーを担当。さらに自ら企画した「保険チャンネル」のプロデューサーも兼任。旅行領域のインバウンド対応や業務支援サービスの立ち上げプロジェクトを推進し、17年プロダクトマネジメントグループマネージャーを経て21年4月から現職。
(聞き手:長木利通)
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