映画「赤ひげ」の薬棚
黒澤明監督の名作のひとつに「赤ひげ」がある。この作品の舞台になる小石川療養所の診察室に、薬を入れる棚箱が置いてある。映画では棚箱の中は映らないので、小道具係は棚箱の中には何も入れなかった。
それを知った黒澤監督は激怒した。棚箱の中に本来は入っていないといけない薬が入っていないからだ。映像には映らなくても本来入っていなければならない薬の棚箱に薬が入っていないと、リアリズムに欠けるというのが黒澤監督の考えで、俳優も薬が入っていないのをわかった演技をするというわけだ。
お客様の目には触れないからといって、物置のようになっている廊下などはまだいい方で、目に見えて落ちているゴミさえ拾わない旅館もある。こういった旅館の姿勢と映画「赤ひげ」の撮影秘話を一緒にすること自体がおかしいのかもしれないが、見えないところを大事にしない旅館に未来はないように思える。
旅館の方は、こういったことはお客にはわからないだろうと思っていても、「ええかげんさ」は客に丸見えなものである。気がつかないのは、それを行った者だけだ。行動やしぐさなどで、すべてが露呈してしまうのだから、恐ろしいものだと思う。
ある旅館では館内の電球がぼちぼち切れることを予測して球を変えるそうで、お客の前で電球が点滅などしたものなら、即、担当者に雷が落ちる。かと思えば、一緒に宴席に出ている、別の宿の主は宴会場の電球が点滅しているのさえ気づかない。どちらの旅館が生き残るかは言うまでもない。
(トラベルニュースat 08年11月25日号)