現場で客の心を知る
ある旅館の女将さんが若女将として仕事をし始めたころ、先代の女将から「館内のどこにクモの巣が張って、ネズミが壁に穴をあけているかを知っていないとだめよ」と、教えられたという。
当時は「クモの巣とネズミ」なんて汚い旅館だなぁと思ったそうだが、後になって先代の女将は「館内のどこにクモの巣が張り、ネズミが出るかぐらいまで現場を知っておきなさい」ということを教えたかったのだな、と気づいたそうだ。
今では台帳を見るだけで、書き込まれたお客の嗜好など、おおよその見当がつき、要望が出るとすればどんなものかというところまでわかるという。卑近な例だと、どのように取り繕ってもそのカップルが夫婦かそうでないかを見抜けるらしい。現場で客の動きをしっかりと見続けてきたからこそ、そういう「目利き」が養われたということだろう。
男性の旅館経営者でも夕方、客が大浴場に入るころを見計らって客と一緒に風呂に入ったり、朝、客が出発する時間帯にロビーの椅子に腰を掛け、一晩泊まってどのようなことを話しているのか聞いている、といった話もよく耳にした。
アンケートやネットの口コミなどで情報を収集するのも大事だが、生の声に耳を傾けることは今も昔も変わらず大切だろう。
(トラベルニュースat 13年6月10日号)