講釈師が語る一休さんの三十三 地獄太夫に引導の歌を読み返す
一休禅師が案内をされた部屋の戸を開けますと、そこには絶世の美女が、煌びやかないで立ちで出迎えております。見かわす顔と面、見つめ合う目と眼。一休がどっかと坐り直すと
「聞きしより 見て美しき 地獄かな」上の句を読みますと、
地獄太夫が「死に来る人の おちざるはなし」
これは、遊郭なのでそういった『行為をしに来る』と『死にに来る』と言葉を引っ掛けた。
「当為即妙、さすがは地獄太夫、美しき女である故、男は全て落ちるのか」
ニコリと微笑み合う男と女、そこへ地獄太夫が
「山居せば 深山の奥に 住めよかし ここは浮世の さかい近きに」
山奥に住んで居れば良いのに此処は浮世ですよ。何故ここにやって来たのですか?
「一休が 身は身ほどに 思わねば 町も山家も 同じ住処よ」
一休は一休です、何所に住もうと同じことです、と読み返したので。これですっかり打ち解けた。
「時に地獄よ、其方な何故地獄と名乗っておる」「私は三歳で父を失いました。応仁の合戦で戦死した梅津嘉門景春の娘です。家族は近江へ逃れんものと如意嶽山中で賊に襲われ、私は攫われ遊女となりました」「この地獄を見たんじゃな」「現世の不幸は前世の行いのせいかと思いまして」「左様か」「禅師、これからもこの廓で暮らしております。何か生きて行くための歌でもお認めをば」と扇を出した、そこで一休がサラサラと筆を走らせる
「闇の夜に 鳴かぬ烏の 声聞けば 生まれぬ先の 父ぞ恋しき」。これを託して一休はふらりと出て行ってしまいました…
(旭堂南龍=講談師)
(トラベルニュースat 2023年6月10日号)
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