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講釈師が語る荒川十太夫その五 松平の殿様に「先ずは…」と話す

平生は後ろ姿も拝めぬ位の上つ方が、今目の前においでになるので、大抵の者が慌てふためいて「へぇへぇ!」額を擦り付けるほどの平身低頭、右の者はカレイの如く、左の者はヒラメの如し、真ん中の者はマンタの如く、中には勢い余って、そのまま三点倒立に及んでしまった者があると言う。…これは言い過ぎました。

「お主が荒川十太夫か。苦しゅうない面を上げぇ」「はぁはぁ」「直答を許す。遠慮は一切無用、余が其の方に問い掛けしこと、包み隠さずに答えよ」「はぁはぁ」「目付役によれば、其の方は本日の七つ下り、身分を偽り当家物頭役として泉岳寺に赴き赤穂浪士の墓参を致した次第、しかと左様か」「相違御座いません」「次に、いつ如何なる時も、嘘偽りを申してはならぬと言う家中の掟は?」「存知おりまする」「これを破ればどうなる?」「お手打ちになりまする」「掟を知りながら何故此度の振る舞いじゃ、これは必ず覚悟をした上で深き仔細のあろうことかと存ずる、申してみよ」「仔細は」「仔細は?」「仔細は、此れと言って御座りませぬ」「偽り者めが。我が両眼を玉、びいどろと心得たるか?格別の情けで以って、答えさせんとした予の心に背き、我が言葉を反故に致すつもりか! 此の手は見せぬぞ」

傍の一刀に手が掛かるから、さてこそ此処でことが始まったりと、一同は固唾を飲んで見守っておりますが、荒川十太夫は…

(旭堂南龍=講談師)

(トラベルニュースat 2024年2月10日号)

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