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講釈師が語る荒川十太夫その六 瞑目合掌、型の如く立派な最期…

御検視の御歴々、威儀を正して控えておりまする処へ白き衣類に無紋の裃、ゆったりと座に直された安兵衛殿はあくまでも剛担、死をみる事帰するが如くの武士(もののふ)運ばれましたる九寸五分の短刀を取り上げ、じっと見つめることしばらく、静かに某を顧みて『お役目忝う御座る、御介錯を得て安兵衛、冥土へ参るが閻魔の庁への土産話に貴殿の御尊名は』と聞かれ『荒川十太夫でござる』と答えれば重ねて『御身分は』と問われた折に、ふと過りましたるのは、浪士の中でも三度仇討ちを致した御高名なる安兵衛殿、対して介錯役の某は三両二人扶持でござると申し上げては、当家は武士を遇する道を知らずとの誹りをもあろう。また万一にも安兵衛殿、今際の際かかる軽輩に首を打たせることを情け無きに思われたなれば、黄泉路の障りと咄嗟の思案『物頭役を務めおりまする』と言い切れば、安兵衛殿は微笑まれ『さては、さる御身分でござったか。今に始まらぬ、御当家のお心づくし、厚く御礼を申し上げる』と瞑目合掌、型の如く立派な御最期。其の場は役目滞りなく済ませましたが、かかる浅野が忠義なる武士を欺いたままでは申し訳無く、また松平が掟を破りし某は不忠者。忠ならんと欲すれば義ならず、義ならんと欲すれば忠ならずと板挟みとなり日夜の思案、遂に詮方尽きて掟を破り、平生は軽輩なれども忌日だけは物頭の格式で以って密かに墓参、寺へのお供物を納めるため、妻にも明かさず、内職を致し借財を重ねながら霊を慰め菩提を弔うておりました。これが此度、掟を破り身分を偽りし事の次第で御座りまする…

(旭堂南龍=講談師)

(トラベルニュースat 2024年3月10日号)

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