講釈師が語る円山応挙その六 思わず生まれた足がない幽霊
散々に迷った挙句。思い切って人の気を引く絵を描いてみようというので、得意の幽霊画を描くことにいたします。夜になるのを待ち受けてまして、わざと行燈の火も薄暗くして筆をとり始め、ふと思い出しましたのが、かつて長崎の巴楼で描いた髪をおどろに振り乱す紫という女の下絵、これを手本にして筆を執る。ところがこの日に限って上手く描くことができない、幾たび幾たびも描き直すうちに、喉が渇いたから水が入った茶碗を取ろうとするとツルッと取り損なってしまい「バシャ」と水がこぼれしまう「えらいことをしてしもうた」とすぐさま手拭いで拭き取ろうとするが「あ!」と驚いた、今描いたばかりの幽霊画の足の辺りが溢れた水のために、ジワーと墨が滲んで足が消えてしまい、より一層恐ろしさを引き立てておりました。
「足がない幽霊? これや、わしが探し求めておったんはこの絵やがな」
今度はこれを手本にいたしまして、取り憑かれたかのように一心不乱に筆を走らせる。やがて夜がほのぼのと白いできたころには描き終えた一枚の絵、我ながらよくできたと思うてすっかり表装を施し、昼過ぎには小脇に抱えて甚兵衛の店へとやって来る。
「甚兵衛はん。居てるか?」「あぁ先生でやすか? あ!ひょっとしてこれ、約束の画でおますか? こればぁさんや。先生が福の神描いて来てくれはったんや。こっちへ来てみんかいな、へぇへぇ、先生。どんな福の神描いてくれはったんで」…
(旭堂南龍=講談師)
(トラベルニュースat 2025年2月10日号)
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