講釈師が語る円山応挙その七 幽霊の画で甚兵衛の店賑わう
「じいさん、一本つけてんか?」「あぁおいでやす、どうぞ奥へ」「あぁどうもじいさんとこもなぁ。ここんところ御無沙汰してしもうたけども、何やこの店えらい陰気になってしもうたな。あぁおおきに。それからなんぞつまむモンも持って来てんか。あの海老芋と棒鱈を炊き込んだアテな。あれはなかなか美味いねん。なぁ爺さん。馴染みやさかいに言わしてもらうけどな、この店ももうちょっと。陽気にせないかんで、水商売ちゅうのは陽気にせんと客が近寄らへんねや。この床の間かてあんた、掛け軸の一本も掛けて。え?何? 掛かってます? 掛かってるんかいな。せやから言うねん。もうちょっと明るうして、分かれへんがな。それにな。同じ掛けるんやったら若い女子の画を掛けるねん。若いの女子の画、え、え? 何? 若い女子の画が掛かってる? これ若い女子の画かいな?分からんがな。こんな暗うては。ちょっと燭台持って来てんか?おおきに。若い女子の画、画、えええ!うん?何やこれ」「これ福の神」「怖い福の神やな。ちょっと、湯飲み持って来てんか?何や寒うなってきたがな。熱うに燗をしてどんどん持って来てんか」
妙な処で売り上げのはかが行く。
「おい」「なんや?」「あんな?甚兵衛はん処にえらい怖い福の神の画があるねんて」「よう分かれへんな? まぁ見に行こうか」
幽霊の画が評判となり、お客さんがどっと押し寄せ、忽ちの内に借金を返してしまったので、店を改築する。店が良くなったと言っては、また客が詰め掛ける。またこの夫婦の間には子どもがおりませんから夫婦養子を迎えますとこれが大当たり。働き者で親孝行。それ故甚兵衛夫婦は楽隠居。正に一陽来福、これ一重に幽霊の福の神様のお蔭と言うので朝な夕なに拝んでおります…
(旭堂南龍=講談師)
(トラベルニュースat 2025年3月10日号)
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