講釈師が語る黒雲の辰その一 正直者の信兵衛、江戸に向かう
時は享保の五年、処は大和国添下郡、真木坂より一里半程隔った所に黒木村、此処は江戸の小石川鷹匠町にお屋敷を構えておいでになる旗本、黒木大和守のご領地。誠に気の良いお殿様で、日照り続きの不作の年には無理に年貢を取らず自らの屋財家財で売り食いをすると言う。それゆえ金箔付きの大変な貧乏、あまりの貧しさで歌に思いを込めて愚痴をこぼします
「たまたまは よそへも行けや 貧乏神 一生置こうと 約束はせぬ」
すると、屋敷の隅から朦朧と貧乏神が姿を現し、歌を返しました
「今更に どうじゃこうじゃと 言わんすな こうなるからには 孫子の代まで」
そんなにつけ回されては致し方がございません。此度大和守様、御役が付き、出世の糸口が掴めそうになるが御用金が不足しているという話を聞いた黒木村の百姓、今までの恩返しだと、あちらで一両、こちらで二両という具合に。それぞれ出し合い、血の滲むような思いで七十五両のお金を集めた。この大切な金子を誰に届けさせよう、道中で、所謂、飲む、打つ、買うと言ったことに費やすような者はならん、そこで誰言うとなく正直者の信兵衛なら良かろうというのでこのことを伝えれば喜んだ
「おい嬶、今お名主さんから呼ばれたんじゃ。信兵衛、お前さんは正直や大した者や天晴れ奴やえらい男やと褒めてくれはる。何でかなぁと思うたら、実は今度江戸のお屋敷に御用金を届ける役目は信兵衛お前さんや、こない言うねや。ワシは生きている間、江戸と己の背中は見られんもんやと諦めてたら、お名主さんが、路銀もうんと遣るから江戸に行ってくれと言うねん。こんな結構なことがあるかい。江戸見物ができるねんで」…
(旭堂南龍=講談師)
(トラベルニュースat 2025年6月10日号)
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