昭和50年代のレジャー産業
1960年代の半ばに、那須ビューホテルを中心に高級旅館が集まって、ロイヤルチェーンというボランタリーチェーンを作りました。TMCの池田誠治、エイエイピー・旅研の土屋金康さんが顧問で、事務局は当初TMCのデスクを貸し、事務員は女性一人でした。
レジャー産業研究所を設立した横溝博さんが、同チェーン会員の経営者層を対象に講演して、後日「池田さんや土屋さんがいたから緊張したよ」と言っていました。ロイヤルチェーンは、会員旅館の社員研修ハワイ旅行、共通割引利用券発行などを実行していましたが、10年前後で解散したと記憶しています。
ボウリングが真っ盛りで、レジャーという言葉が躍り、大企業がレジャーに関心を示し始めた1970年(昭和45年)。大阪万博の年で、5年後には沖縄海洋博が決定しています。そこで上場企業を主対象に「昭和50年のレジャー産業研究会」のタイトルで5―6回にわたるシリーズ物セミナー開催を思い立ちました。イベント、海外旅行、屋内外レジャー、飲食産業などのカテゴリー別事例研究(沖縄海洋博、常磐ハワイアンセンター、後楽園、オリエンタルランド構想、トーヨーボール、ロイヤル等)を中心に、シリーズセミナーの内容を整えました。
セミナーのチラシを印刷し、封筒と一緒に家に持ち帰って、妻と二人で宛名書き、封入、糊付けです。会社年鑑を買って、企業の「関連事業部」宛てに郵送しました…
(佐藤陸雄=元リーコ代表取締役)
(トラベルニュースat 2020年11月10日号)
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